そうだったのか

肥田舜太郎先生の講演会が区内であり、それも無料というのだからいくしかないっ。
ご存命のうちにお話を聞くことができるなんて夢にも思っていなかった。

医者をしていた時に広島の原爆で被爆していながらも、
被害者の支援をしてきた方。

当時を目の前で見てきた方の話は生々しく、そして説得力があった。

「今回の原発事故では東京の人も被ばくしている」

改めて言われるとやはりショックである。
だけど今よりもずっと苦しい世の中で模索し、ここまで来た先生の言葉を聞いていると、
希望はまだあるんじゃないかと思える。

「昔ながらの食べ物を食べよう。」
「お日様とともに生きよう。」
「人がなんと言おうと、自分の声を信じ、自分の人生を、命を生きよう。」

人に合わせることは美徳ではないんだと。

なぜこういう風に考えるようになったかという先生の意見。
納得がいった。
学校で受けた教育からそうだったんだと。
小さいころから刷り込まれたものはなかなか抜けられないかもしれないけれど、
自分の命は自分のもの。重さを知らなければならないし、子供たちには伝えなければならないね。

今回の講演会は某政党主催であったんだけど、
都議会の方の活動報告もあった。
(私はどの政党にも所属していませんよ。)

守る会として活動している放射能対策。
同じようなこと、さらに細かいことまでも都議の方も動いてくれている。
都に訴えてくれている。
でも都はまったくもって無視。

「オリンピックがあるからだと思う。」

という言葉で今までのことがつながった気がした。

区も都も国も動かない理由はオリンピック招致があるんだろうな。

東京での震災瓦礫の受け入れもここにつながっているのではないのだろうか。

大きな力で抑え込まれている国民の健康はどうだっていいのかと思ってしまう。

某タレントが言っていた。

「私は社会人になるときにちょうどバブルが目の前ではじけた世代だけど、今の政治家はバブルを経験している人たちばかり。
経済再生とかいうけれど、基準はそこなのではないだろうか。あの夢をもう一度と思っているのではないだろうか。」

経済重視の世の中、なんか妙に納得した。

| ゆっこ | 今日のできごと | 23:33 | comments(0) | trackbacks(0) | -









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